マルミさんとの平々凡々な日常

小柄でちょいぽちゃ男子(もうすぐアラサー)な「マルミさん」との同棲日記。マルミさん、たまにはいいこと言うんです。

迷子の日々

こんばんは。あさりです。

 

もう三日坊主にもならずに半年以上空いたことの説明は不要ですね?笑

紙の日記もそうなんですけど、基本的に心が参ってる時にしか書こうと思わないんですよね。。

高校受験の時にイラストと日記を必ず勉強の終わりに1日1ページ描いてたあの頃はあれがかなり心の支えになりました。

 

そんなわけで最近また頭の中がぐちゃぐちゃしてきました。一言で言うなら「迷子」です。

迷うって言うと選択肢が自分が選択可能な以上にあって決断出来ない状況も指しますが、今の私の状況は英語のそれですね。

 

英語で「迷ってしまいました」って言うとき、”I’m lost.”って言いますね。そう、自分を失ってしまっているんです。もっと言えば、自分が今何を考えていて、何がしたくて、何がしたくないのか、頭の中が麻痺したみたいに考えられなくて、漠然とした喪失感がある。そんな状況です。

 

自分がどんな仕事をしたくて、どう向き合っていくべきかわからないというのは勿論、それも含めて自分が人生の中で何を一番大切にしたいのか、わからないんです。

 

最近そんな話をマルミさんとしました。

そうやって話していて一つ気づいたことがありました。解決にはならないけど…

 

それは「キャパシティ」に関する考え方。

キャパシティとは収容できる器の大きさを表しますよね。わたしは、恐らく長い間自分のキャパシティを過大評価していて、大きくあって(見えて)ほしいと思っていて、そのせいで自分に無理をさせているところがあるなと思ったのです。

例えば、今のあさりの全部ひっくるめたキャパシティを数字化した場合が80だったとしましょう。

でも、あさりは自分のキャパシティは100だと思っているのです。

だから仕事を70くらいの力でやって、残り30でプライベートを満喫しようと思ったその時には、実際のキャパシティは10しか余っていなくて充実した(最低限度理性的な)プライベートが実現できない。

そしておおよそ不可抗力的な要素がある場合は仕事のウェイトが80やそれ以上になり、10のプライベートを足すと体に不調が出ます(私見ですが自律神経失調症の症状が様々な面でみられます)。

 

こうして考えると、じゃあ意識的に仕事60とかにして調整すればいいと思うけど、うーん、なんだろ…やり方がわからない…のかな。

自分が持てるものは全部使わなければならない、というか使ってしまうんだよなあ。

 

この1ヶ月はまさに「キャパオーバー」が目に見えてわかる(比喩でなく)忙しさだった。

そうやって忙殺されていればこういうことを深く考えることはなくなって、うんうん悩む時間は減るけど、それを抜けた後の虚無感がすごい。

 

私こんなに精神も身も削って、一体何を得たのだろう?お金?お金なら椅子に座ってうたた寝してるだけの先輩社員の方が貰ってるよね?貴重な経験?貴重って私のためになるってことなの?具体的にどの辺がどう役に立つの?私は誰に貴重と思わされているの?

 

くだらないことばかりぐるぐる考えて、結局頭が回らなくなって終わり。

 

いつまでこんなことを繰り返すのだろうか。

私は思ったより出来ない自分を認めて理想的なバランスを保てるのだろうか?

 

結局ゴールが見えていません。

こんなことばっかり話してたらマルミさんまで同じようなこと言うようになっちゃった。

 

私の悩みはもう一つあって、仕事に囚われてマルミさんとの時間、マルミさんとの暮らし、マルミさんのためにやってあげたいこと、全部中途半端だなってこと。

それは私がうまくじぶんのキャパシティ配分をコントロールできてないからなのだけど。

 

自分のペース配分を見出すため、何をどのように取捨選択したらいいか。

すぐに結論は出そうにないなあ。